KOBAの父親は大阪で生まれ岡山で育ちました。
東京に出てからKOBAが生まれるのに前後して電気工事の会社を興しました。
ずっと電気工事職人として人生を歩んできていたのですが、
4年前の2月29日現場で倒れました。
脳内出血です。
幸い一命は取り留めたのですが、右半身は麻痺し、話す事も出来ず、
ベットに寝たきりの状態となってしまいました。
一時は感染症によって体調が良くない状態が続いた事も
あったのですが、最近は食欲も旺盛でKOBAが言う
つまらない冗談にも笑ったりと、とても良い状態が
続いていたのですが・・・。
今年の1月1日午前5時15分他界しました。
運ばれた病院にKOBA達が着いたときには
既に帰らぬ人となっており、父親の死に目に
会えなかったのが今でも心残りです。

KOBAは父親を職人として尊敬していました。
特に木造建築の屋内配線の美しさは
今でも一級品だと思っていますし、そう言う
仕事の仕方はKOBAの仕事の中にも
色濃く反映されています。

普段はいつもムスッとしていて何を考えているのか
分からない人でしたが、孫の前では
急に優しいおじいちゃんに変身していました。
こんな父親とはあまり会話もなく、ましてや一緒に
飲みに行く事もほとんどありませんでしたので
本人は寂しかったのかもしれませんね。

「孝行したくとも親は無し」と言う言葉を
実感した一瞬でした。







父さん・・・ちぃ〜っとばかし行くのが早すぎたんじゃない?
良美の嫁さん姿を見せてあげれなかったし
子供を抱かしてあげる事も出来ないじゃないか。
「おまえがいつまでもグズグズしてるからだ」と
言われたら、まったくその通りなんだけど・・・

考えてみれば父さんとじっくりと話をした事って
ほとんど無かったよな・・・
飲みに行く事もね・・・

父さんが倒れてからは良く父さんに話しかけてたけど
その時って不思議に心が落ち着いていたな〜
今までより素直に話が出来ていたよ。

父さんの葬儀の時、長男としてしっかりと勤め上げる事が
出来なくてごめんな。
挨拶の時も非常に情けなくなっちゃったし・・・


母さんも元気に毎日を忙しく過ごしているよ。
けど母さんの為にも、もう少し長生きしてあげなくっちゃ。
後で怒られても知らないからね。

剛も父さんの会社を頑張って経営している。
色々と大変な事も多い様だけど
剛ならきっとこれからもちゃんとやっていけるよ。
俺と違ってあいつはしっかりしているからね。
あいつならこれからもしっかり会社を守ってくれるよ。
信頼しているんだ、剛の事は。
それに直美ちゃんが支えているからなおさらね。

樹里子や遙海、風音もちょっと見ない内に
どんどん成長していて驚く位だよ。
そう言う姪達を見るのが楽しみで楽しみで。


父さんは俺たちの父親として、母親の夫として
不十分な所もあったし、俺個人として
今でも許せない事もあるんだけど・・・
それでも父さんの子供として生まれてきて
本当に良かったと思っている。


俺も時が来たらそっちに行くから・・・
その時は一緒に酒でも飲もうな。











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